野球がもっとうまくなりたい。自分の子供にもっと選手として成長してほしい。

あと一歩、他の選手との差をつけるためには、やはり他人よりも努力は欠かせません。でも闇雲の練習を繰り返すことはケガや選手生命に関わってきます。そんなときのどういった練習をすればいいのか、あなたに合う練習、上達プロセスをご紹介。

潮崎哲也 シンカーの投げ方

潮崎哲也 シンカーの投げ方

潮崎 哲也のシンカー
潮崎哲也は、1968年11月26日生まれの徳島県鳴門市出身で、西武ライオンズで活躍した投手です。魔球としてメディアが震撼したシンカーを武器に、リリーフから先発までこなし、西武ライオンズの黄金期を支えた一人です。

潮崎哲也のシンカー誕生秘話

潮崎哲也

潮崎哲也さんがシンカーを習得したのは、高校生の時。潮崎投手は高校時代カーブが大きく投げれるピッチャーだった。そのためその反対の球を投げたいと思ってシンカーを習得したという。同じサイドスローの投手が練習試合でシンカーを投げていたのもあって、監督の勧めがあり、習得にふみきったという。
そのため軌道を決めて、その後に握りを決めたという。軌道は、カーブと逆なので、カーブと全く逆の握りをすれば同じように曲がるだろうと考え、握りや手首の使い方などをカーブの逆にしてみたところ1球目から驚くほど落ちるシンカーが投げられたという。

潮崎哲也のシンカーの凄さ

清原和博選手が消える球は打てないと言ったほど、潮崎哲也のシンカーはバッターの手前で突然落ちるボールだったそうです。
当時ヤクルト監督だった野村克也さんが、日本シリーズで潮崎哲也のシンカーを見て「あの球を投げる投手がほしい」と考え、その後不動のストッパーとなる高津臣吾投手の武器となったシンカー習得につながったそうです。
潮崎哲也のシンカーは、西武のコーチ時代に投げた時でも1軍選手が打てなかったそうです。そのくらい魔球と言われるような球なのでしょう。
現役時代、潮崎哲也さんは、右サイドスローから投げる150km/hの速球と100km/hで50cmも沈むシンカー、120km/hの高速シンカーをあやつって打者を翻弄しました。

潮崎哲也流シンカーの投げ方

縫い目の内側にかけて人差し指をかけて、それにそって中指もかける。指のかけ方は、小指側の側面に指をかける。親指はそえるだけ。薬指は邪魔になるので薬指はどけてしまい、薬指の上にのっているだけの状態をつくる。挟むのではなく、のせているだけ。握るという感覚は捨てたほうがいいだろう。カーブと逆の握りで逆に手首をひねって中指と薬指から抜く独特の投げ方だ。
サイドスローのフォームは鹿取義隆や斎藤雅樹を参考にしている。そして、横から投げるためシンカーが浮き上がるようなイメージでフォームをつくっていったという。

潮崎哲也 シンカーの投げ方

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